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名古屋城の金鯱は、昭和20年(1945)の名古屋空襲により被災しましたが、焼失前の金鯱の記録が残されています。

図1・2は、文政10年(1827)に金鯱を修理した際に作成された図です。全体の形状だけでなく、各パーツの寸法や構造も記されています。昭和5年(1930)に名古屋城の天守等が国宝に指定されると、名古屋市は昭和7年(1932)より、天守外側に足場を組んで実測調査を実施しました。図3〜6はその際作成・撮影された実測図とガラス乾板写真です。

こうした詳細な記録をもとに、昭和34年(1959)に現在の金鯱は天守と共に作られました。

  • 1 / 6 図1 御天守鯱木地仕口寸尺図面 北鯱寸法 文政10年(1827)
  • 2 / 6 図2 御天守鯱木地仕口寸尺図面 南鯱寸法 文政10年(1827)
  • 3 / 6 図3 昭和実測図101名古屋城天守南側鯱詳細図
  • 4 / 6 図4 昭和実測図102名古屋城天守北側鯱詳細図
  • 5 / 6 図5 名古屋城天守(戦災焼失)南方金鯱(東面より望む)
  • 6 / 6 図6 名古屋城天守(戦災焼失)北方金鯱(東面より望む)