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慶長17年(1612)に名古屋城天守に掲げられた金鯱は、江戸時代だけでも4度にわたり修理が行われたことが記録に残っています(享保・文政・弘化・嘉永の修理)。また、明治以降も、天守から降ろされた金鯱が博覧会に出展される際、金鯱鱗が盗難にあった際などに部分的な修理が行われながら、保存されてきました。

戦後製作された二代目金鯱も、昭和・平成・令和に地上に降ろされたときには、部分修理やメンテナンスを行いながら後世に受け継いでいます。

  • 1 / 2 文政の修理後に銅線・針で鳥除けを設置/御天守鯱木地仕口寸尺図 文政10年(1827)
  • 2 / 2 金板の剥がれを金を貼った銅板で補修/名古屋城金鯱破片